ぜったい秘密にしときたい
わたしは5月に1泊2日のクローン病の進行具合を調べる検査入院をした。
病棟に着くと、その日の受け持ち看護師さんが現れて、自分が入院する病室へと案内された。
わたしはウキウキしていた。
わたしにとって入院生活はとても非日常な事柄であり、検査はちょっと怖いけどそれ以外の時間はゆっくり出来るし、他病院の看護師さんの働く様子を見るのが楽しみだった。
わたしは優良患者であろうと心に決めていた
看護師は忙しいからできる限り負担をかけたくない。
看護師さんの問いかけには笑顔で元気に返事しようと努めていたし、採血なんかでは前もって自ら手をグーパーさせ、看護師さんが採血を取りやすいよう血管を怒張させたりした。
わたしは影になろうと努めた。わたし以外に重病の患者はきっと山ほどいるのだ。大抵わたしのような特にすることのない検査入院の患者を受け持つ看護師というのは、バランスを取るために重い患者を同時に受け持っている。
だからわたしはその辺にいる31歳のごく普通の聞き分けのいい会社員の男であろうとした。会社に無理言って休みをとって入院したのだ。「あぁ、あの仕事の引き継ぎちょっと中途半端だったかなぁ」くらいの看護師さんにも聞こえるひとり言のひとつも用意していた。しかしわたしの努力は受け持ち看護師さんの一言でもろくも崩れ去る
「なばーゆさんって、看護師ですよね?」
わたしはどんな顔をしていたのだろう。
思わず「は?」と言ってしまった。
「どうして・・・知ってるんですか?」思わず聞いていた。血の気も引いていた。
「プロフィールに書いてありましたよ?」
わたしは最悪だ!!!と思った。
これは誇張ではない。
わたしがメロスなら病棟の廊下を走り出していただろう。師長に怒られるとかどうでもいい。
逃げ出したかった。今回の入院ではそんなこと書いてない。
看護師は他病院で受診する場合、決して職業を明かしてはいけないのだ。
アメリカのスパイがロシアに潜入するような緊張感を持って職業を隠し通さねばならない。
「もしバレればればプーチンに殺される!」
そのくらいバレるのを恐れなくてはいけないのだ。
そんな機密事項をわたしは昨年の入院で提出したプロフィールに書いていたのだ。
こんな絶対に知られてはいけない事実をおめおめとプロフィールに書いていた!
わたしは泣きたかった。同時に目の前にいる受け持ち看護師さんに同情した。職業が看護師の患者を受け持つことはそこそこストレスなのだ。
例えば美容師さんが居たとする。客が来た。髪を切り始める。何気ない会話が続いて雰囲気もいいなぁなんて思っていたら
「わたしも美容師なんですよ」
と言われるのだ。きっと美容師さんのハサミが止まる。
手が震えるかもしれない。平静を取り繕うが、もはや目の前にいる客のカットをリラックスしながら続けられないはずだ。シャンプーとリンスを間違えるかもしれない。もみあげを剃ろうとして眉毛を剃るかもしれない。なにより上手くやらなきゃ何を思われるかわからない。美容師界にどんな風評を流されるやもしれないのだ!
看護師も同じだ。
3交代では勤務の境い目では後続の看護師に向けて申し送りがある。
重症患者の経過や今日入院してきた患者の主病名と既往歴、注意点などが申し送られる。
それがなんと、看護師が入院してきたら必要事項が申し送られた後こう続くのだ
「あ、そうそう、この◯◯さん、看護師さんらしいよ」
ナースステーションに氷河期が訪れた瞬間である。
寒いのに冷や汗がでる
焦った担当看護師が言う
「ぇ・・・韓国人っていいました?」
「看護師だよ」
空気が張り詰める。周囲一帯に緊張が漂う。
その患者に採血や点滴ルートを入れなければいけない看護師は更に気の毒だ。
「この看護師は駆血帯を緩めずに血を引こうとしている」とか「針を血管に入れた後に神経症状の有無を確認しなかったな?」などと思われるかもしれないのだ。
絶対にミスが出来ないという雰囲気が勝手に発生してしまう。そうなると緊張してしまうし、いつもしないミスを逆にしてしまいかねないのだ。
わたしは加害者になった気分だった。
罪悪感が胸の中を広がっていく。生きていてごめんなさい。とまで口にしそうだった。
かわいそうに、この受け持ち看護師さんはわたしのところにラウンドに来るたびに病室の前で深呼吸しなくてはならなくなるだろう。
せっかく優良患者でいようと思ったのに、ついてる職業ひとつで厄介な患者になってしまう。
しかしそんなわたしの心配をよそにして、看護師さんはわたしに丁寧な看護を提供してくれましたとさ。
プロの看護師は誰が相手であろうと全力を尽くすのです。
わたしも患者側に回ってみて看護の勉強になりました。
でも普通、相手が同職者だったら緊張しますよね・・・?
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